Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

南アジア

バングラデシュの旅 3 バゲルハット

11月23日 続き 村の皆さんとお別れした後は水田と溜池の続く景色の中を南下する。 バングラデシュと言えば洪水が有名だが、まっ平らで海に近いこのあたりは特によく洪水に見舞われ、塩害もあるので他の地方ほどは米がとれずに貧しい地域だったのだそうだ…

バングラデシュの旅 2 グラミン銀行

11月23日 朝、バスに乗り込むと見慣れぬバングラデシュ人のおじさんが一人乗っている。 どなたかと思ったらグラミン銀行の、おそらく広報の方。わざわざダッカから出張していらしたらしい。 グラミン銀行と言うのは経済学者のムハマド・ユーナスさんが1976年…

バングラデシュの旅 1 ダッカ

2009年11月21日から29日まで 黄金のベンガル、バングラデシュの旅 11月21日 午後13時半のマレーシア航空に乗って、クアラルンプールまで7時間半、トランジット2時間半の後、ダッカまではさらに3時間半のフライト。 日本とバングラデシュの時差は3時間のはず…

バングラデシュ大使館

諸事情によりGW以来海外旅行には出ず、夏以降なぜか出張もぱったりなくなってしまったのでそろそろ飛行機が恋しくなった。 そこで仕事の隙間を見つけて海外逃亡を計画。第一希望のラジャスタンが頓挫したのでバングラデシュに行くことにした。 GWのシリア大…

スリランカでアーユルベーダのはずが 7

バーベリン・ビーチ・リゾートで ウェリガマのレストランは建物の3階にある吹き抜け。 朝は特に気持ちがいい。 席は滞在中フィックスされ、食事の指示を書いた札が置かれる。 ↑は朝食。薬草のスープと赤いハーブティーが毎朝出た。 同じ棟の一階奥がアーユ…

スリランカでアーユルベーダのはずが 6

ウェリガマに落ち着いてしばらくしたところでホテルの外をちょっと散歩してみた。 高台になっているこのあたりでは道路にも被害はなく 道路脇の焼き物屋さんも普段どおりに営業中。 目つきの悪い鶏にもちょっと心惹かれたが、大好きな赤いポストの貯金箱をお…

スリランカでアーユルベーダのはずが 5

バーベリンのアーユルベーダ ウェリガマに移って仕切りなおし、またドクターの診断からアーユルベーダのトリートメントを始める。 こちらのドクターは女医さんが二人。左の先生はちょっと愛想なしで怖い。もう1人の若い先生は小柄でおしゃれ。 ベルワラと同…

スリランカでアーユルベーダのはずが 4

12月27日 続き お昼ごろだっただろうか、ホテルから荷物が届けられた。 私たちは3階の部屋だったため荷物はすべて無事、ベッドの上に放り出してあった「ダビンチ・コード」のペーパーバックまでしっかりスーツケースに入れて持ってきてくれた。ただし引…

スリランカでアーユルベーダのはずが 3

12月26日 続き 丘の上に避難したバーベリンの宿泊客、しばらくして集められ、またミニバスに乗せられて別の丘の上にある瀟洒な別荘に運ばれた。 ほっとして庭でくつろぐ避難民。 ブリーフ荘と言う名のこの家はスリランカの有名な建築家ジェフリー・バワ…

スリランカでアーユルベーダのはずが 2

2004年12月26日 この日も朝からがっつり朝ごはん。 体質に合うと処方された豆スープ、フルーツ、スリランカ風のパンケーキなどをおいしくいただく。 食後は昼前にアーユルベーダの予約が入っていたので外出せず、ベランダでのんびり本を読んでいた。…

スリランカでアーユルベーダのはずが 1

ケララですっかりアーユルベーダ・リゾートにはまった私と友人二人。味をしめて翌年も年末年始をアーユルベーダで過ごそうと今度はスリランカを行き先に選んだ。 2004年12月23日から2005年1月4日 スリランカの旅 成田からスリランカのコロンボ…

ペシャワール博物館

まだしつこく続く、博物館シリーズ。 99年のGWに訪れたパキスタンのペシャワール博物館。 ガンダーラ美術の宝庫としてあこがれの場所だった。 確かこの前年に仏舎利容器などが日本で展示されて話題になったと記憶する。 ピンクの外観は立派で、内部も広…