ホテルの前から地下鉄13号線に乗って移動。オリンピックを契機に出来たばかりの路線なので駅も電車もピカピカだ。
空港に乗り入れる路線も出来たし、北京の地下鉄もやっと使えるようになってきた。目指す駅で地上に上がり、しばらく歩くと道の両側には線香などを売る店が並び、やがて門が見えてくる。
目指す雍和宮だ。
入り口でチケットを買うと
なんとCD入り。中国語だが英語の字幕も入り、住職のご挨拶まで入っている。タイ人の団体に混じって門をくぐると長い並木道があり
もう一つ門をくぐってやっと最初の建物。この先は南北に480メートル、建物と中庭が次々に連なり、故宮と同じような造りになっている。
というのもここは元々清の3代皇帝、雍正帝の住居だったところがモンゴル族、チベット族懐柔のためにチベット教寺院に変えられたのだそうで、それゆえ入り口の上の額も
右からモンゴル語、漢語、チベット語、満州語で表記されている。最初の建物に入ると正面には金色の布袋様。
どこがチベット仏教寺院じゃ、と思うが、先に進むにしたがってちゃんとお釈迦様や観音様が出てきたので一安心。残念ながら撮影禁止だったが、タンカなどにはちょっといいものもある。
法輪殿は毎日の法要がおこなれる所。ここはゲルク派の寺なので大きなツォンカパの像があり、CDによると亡命前のダライラマ14世とパンチェンラマ10世もここを訪れているそうな。
さらに歴史を遡れば清の4代、乾隆帝の時代にも灌頂を授けるためにパンチェンラマ4世がここを訪れており、その時の玉座も残されている。満州人はもともとチベット仏教を信奉していたので、チベットからのラマをそれは丁重にお迎えしたらしい。
奥に行くにしたがって建物は大きくなり、これは万福閣。
中には1本の白檀の木から作られたと言う高さ18メートルの巨大な弥勒菩薩像があるのだが、正面に燦然と輝くギネス記録のプレートはお寺にはなんともそぐわない。
境内は予想以上に広く、平日の昼間と言うのに大勢の人がお参りに来ている。大部分は漢人らしく、長い線香を持って三拝しながら祈っているが、中にはチベット式の投地礼をしている人たちもいる。来る前は「ここでフリー・チベットとでも叫べば2度と中国で仕事しなくて済むな」なんて不謹慎なことを考えていたが、真剣に祈る人々の姿を見ればそんな気はもちろん消えうせる。ここはチベットではなく、やはり祈りの場なのだ。
寺の境内を出て周りの路地に入れば、そこには古い胡同が残っている。

ここは建前ではない中国が見られる場所かもしれない。