Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

初めてのメキシコ 17 フリーダの家

1月31日

メキシコ滞在もとうとう最終日。
 朝食を食べて冷蔵庫を空に。

飛行機は真夜中なので夜までどこに荷物を預けられるかと聞くと、今夜は予約が入っていないので好きなだけ部屋を使っていていい、とオーナー。ちょっと高かったけれど、このアパートにしてよかった!

今日はまず地下鉄でコヨアカンへ。
 駅の周りは高層ビルの立ち並ぶビジネス街だけれど
 
しばらく歩くと次第に住宅街に入って、カフェの壁や劇場のポスターにフリーダ・カーロの姿が見えてくる。

駅から20分ほど歩いてフリーダ・カーロ博物館に到着。
 
鮮やかなブルーに塗られた壁の周りをぐるりと観光客が取り囲み、入場の時間を待っている。
入場は30分毎、人気だとは聞いていたのでネットで予約を入れておいてよかった。入場料はここもちょっとお高くて320ペソ(約2400円)。

 時間になったら不思議な人形たちに見下ろされながら中庭へ。
 
入口には「フリーダとディエゴはこの家に1929年から54年まで住んだ」と書かれているが、元々フリーダの父親が建てた家で、フリーダが生まれたのもここ。一時期は抵当に入っていたものを結婚後にディエゴが買い戻し、亡命中のトロツキー夫妻に提供されたこともあったとか。

入口を入った最初の部屋にはフリーダの家族に関する展示。
 
お父さんは写真家だったそうで、おかげで子供の頃からフリーダの写真がいっぱいあるわけだ。

  
小さな部屋がいくつも連なるが、床やドアなど色合いが独特。

 
ダイニングなど至る所に民芸品が並べられている。

 
ダイニングの隣にあったのはディエゴの寝室。


キッチンにも民芸品がたくさん並べられて、壁の名前がかわいい。

2階に上がるとフリーダのアトリエ。
 
イーゼルの前には車椅子が置かれ、アトリエのすぐ横に昼の寝室、夜の寝室とつながっているのは晩年のフリーダの健康状態が悪化したためだと思われる。

 
昼のベッドの天蓋には大きな鏡が取り付けられ、ベッドの上に置かれているのはフリーダのデスマスク

夜のベッドの頭上にあるのは一時期愛人関係にあったイサム・ノグチに送られた蝶のコレクションで、このことはノグチの伝記にも出てくる。
  
そしてこの部屋のドレッサーの上にある不思議な焼き物は遺骨入れ。フリーダの遺骨は今もここに入っていて、この家はまさにフリーダの誕生から死までを見守っていたことになる。

  
寝室からは小さな噴水のある中庭に出られて、中庭を出た所には別棟の展示室があった。

そちらに展示されていたのはフリーダの浴室から見つかったという衣装。
 
ディエゴの民族主義の影響でメキシコ風の衣装ばかり着ていたというフリーダだが
 
実際にはポリオで委縮した脚やコルセットを隠す意味が強かったとフリーダ本人が告白している。
フリーダにインスパイアされた川久保玲ジャン・ポール・ゴルチエの衣装も展示されていて、ここを覗く人は少なかったが思わぬ拾い物。

時間を区切った入場のおかげか、見学者が多い割にはゆっくり見られ、奔放で派手な印象の強いフリーダだが、ここではむしろ画家の繊細さや痛み、苦しみが感じられる充実した内容の博物館だった。

見学を終えたらすぐ近くのレストランに入ってランチ。
   
 
ロンガニーサというちょっとピリ辛のソーセージを頼んだら焼いただけのものが3本出てきて、これをアボカドや玉ねぎ、フリホーレスと一緒にトルティーヤに乗せて食べる。結局これってまたタコス、もっと手の込んだ料理も食べてみたかった、と思いつつ最後のランチ終了。これで382ペソ(約2800円)は高かった。


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