Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

エジプトの旅 3 カイロのモスク~ルクソール

2月14日 続き

考古学博物館を出たらオベリスクや道端の庶民的なバザールを車窓に見ながら新市街からイスラム地区へ移動。

 
しばらく行くとたくさんの小さなモスクのような物が建つエリアが広がるが

ここは死者の町と呼ばれる墓地で、たくさんのドームはモスクではなく霊廟。
イスラム教では土葬の上に簡素な墓標を立てるだけの所も多いが、エジプトのマムルーク朝では立派な廟が建てられたそうで、大都会の真ん中にこんなに広大な墓地が広がるとはびっくり。実際立派な建物が多いので、ここに住み着いている人も大勢いるらしい。

ここを過ぎた所でバスを下車。
目の前に建っている左側がスルタン・ハサン・モスク、右側がアル・リファーイー・モスクだが、巨大すぎて全体像が撮れない。

 
まずは1363年に完成したスルタン・ハサン・モスクへ。

恐ろしく天井の高い入り口を入ってマドラサを抜けると中庭の向こうにモスクがある。

これまた長~い鎖のランプの下がる下でお祈りする人を眺めていると、その脚の間を猫が悠々とくぐり抜けるのには笑ってしまった。  
内部の装飾も派手さはないが美しい。

次はお向かいのアル・リファーイー・モスクへ。こちらは1912年に完成と新しいが、隣のモスクの形式を踏襲しているのですぐ近くにあっても違和感がない。

こちらは高い天井の装飾が素晴らしくてうっとり。

 ここにはエジプト最後の王朝、ムハンマド・アリ朝の王族と共にイラン最後の王様、パーレビ2世の墓もあるのだそうだ。

見学を終えてバスに戻るが、目の前にも縞々がきれいなモスク。

 
その向こう、丘の上には銀色のドームが目立つムハンマド・アリ・モスク。

 その周りを囲む城塞は我が英雄、サラディーンが12世紀に建造を始めたものだ。

本日の見学はこれで終了、夕食のレストランへ。

 立派な外観の割に中は庶民的だが

エジプトで最初の食事、まずはホムスやタヒーニとエイシと呼ばれるパンが登場。

野菜スープの中に入っているのは米粒型のパスタ。メインは鶏肉のグリルと牛肉のコフタと典型的ツーリストメニューだが、最初なのでおいしくいただく。

夕食を終えたら20:45発予定のルクソール行きに乗るべく、18時過ぎには空港へ。

 エジプトはどこでも入場の検査が厳しくて、空港はなおさら。

と、これをクリアしてロビーに入ると、予定していた便がキャンセルになって、振り返られたのはなんと22時発の便。

 これがまたゲート変更があったりして、あっちへ行け、こっちへ行けとみんな大変。
やっと搭乗できたのは22時半、離陸したのは23時半。

機内ではプレッツェルと水が配られて、ルクソールまで50分。

ホルス神のペイントがかっこいいB737-800を降りて無事ターミナルに入ったが、ここでまた荷物がなかなか出てこなくて延々と待たされる。

結局空港を出てホテルに着いたのが午前2時、シャワーを浴びて寝られたのが3時。
いやはや、長い一日であった。



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