Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

26年春の台湾 10 桃園から大渓老街

4月15日

本日の朝食はこれも台湾に来たらマストの飯糰。
 
駅前で見つけた飯糰屋さんはメニュー豊富。紫米に煮卵も入れてもらえて大満足。お母さんが黙々と握っていたが、隣の息子はほぼ立っているだけ(笑)。

チェックアウトしたら台北駅から台鉄で桃園まで35分。
桃園の空港は数えきれないほど使っているが、台鉄桃園に降り立ったのは初めて。

駅前は大工事中、出た所にはデパートが2軒もあるが、駅前には物乞いの老人が何人もいて、ちょっとうらぶれた雰囲気なのに驚いた。

駅から徒歩5分ほどのホテルに荷物を預けたら、すぐに駅の反対側へ。

こちら側には東南アジア各国の食堂が並んでいて、周辺にも出稼ぎらしき人たちの姿が。働き手の確保、日本は台湾にも後れを取りつつあるのでは、と心配になる。

こちら側に来たのはバスターミナルから大渓行きのバスに乗るため。 
大渓行きは15分から長くても30分の間隔で出ているので時間を気にする必要はない。

 大渓バスターミナルまでは45分。

バスを降りて、さてどちらへ行ったものかと見ると新南老街の看板があった。

その先に並ぶのは日本統治時代、1910年代に建てられた街並みでファサードがきれいに保存されている。
こちらには飲食店や土産物屋はないのでほとんど人の姿はなく静か。  

おかげでどこも絵になる街並みを撮り放題で楽しい。

 新南老街を突き抜けて大渓川の近くに来ると小さな祠があって、ここから川沿いを戻ると日本統治時代の建造物が並んでいる。

まずは1923年に大渓公会堂として建てられた建物。

現在は総統蒋公記念堂となっているが、中では台湾漆器を展示中。
他の部屋もギャラリーになっていて

  

テラスからは大渓川を見下ろすことができる。今日は天気がいまいちなのが残念。

次に現れるのは1935年に造られた武徳殿。台湾中に残されている警察官の武道場だ。

 

その先の大きな建物は1937年に建てられた日本家屋4棟をつなげた大渓歴史館。

ここでも木工芸が多く紹介されていて、この一連の施設は市立の大渓木芸生態博物館なのだそうだ。

この奥にあるコンクリート造りの家は戦後に建てられたもの。

こちらの昔の生活の再現もかわいい。


 ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。