Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

ペルー行きアエロメヒコ ビジネスクラス

昨年ひどい目に合わされたけど(笑)、再びアエロメヒコを使って今度はペルーまで行ってきた。
ペルーまでは遠い。ということで今回はかなり奮発してビジネスクラスを体験。

出発は朝の成田空港から。

機材はB787-9、ビジネスクラスはリバースヘリンボーンの1-2-1配列。
今回は友人と二人なので真ん中の並び2席、と言っても間の仕切りで座るとお互いの顔は見えない。

座席には大きな包みが2つ置いてあって、青いのはベッドパッド、赤いのはブランケットと枕で、この袋の中にヘッドホンまで入っているのが珍しい。

アメニティーはLancel、シンプルなポーチだけれど実際にはこんなものの方が後で使いやすい。内容も標準的だけれどスキンケアはTeaologyというイタリアの新しいブランド。スリッパがペラペラなのだけがちょっと残念。

足元も広いのでこの二つを押し込み、周りにたくさん収納があるので荷物を納めて、今回は順調に離陸。

早速昼食の提供になるが印刷されたメニューには簡単にメインの選択肢が書かれているだけ。

 ただしエンタメシステムの中には飲み物も含めてくわしいメニューがあった様子。

メインの選択肢は3つだが、昨年のエコノミーの和食が面白かったので今度も和食にしてみた。するとこれが大当たり。

前菜にある刺身はヒラメだろうか、これがおいしくて、ごまだれにつける豚肉もたっぷり。御飯がお茶碗での提供なのが自分的にはうれしく(JLの紙包みがきらい!)なにより漬物がおいしいのに感心した。

 デザートもちゃんとした和菓子で、この和食は日系航空会社にも勝っているかもしれない。

食事をいただきながら映画を物色するが、残念ながらこちらはあまり充実していなくて見たいものがほとんどない。
中に原作がベストセラーになっていて、読もうかと思っていたものがあったのでこれを選択。

 The Housemaid
シドニー・スウィーニー扮する前科のある女の子が住み込みのメイドの仕事に応募すると、アマンダ・セイフリッドの奥さんがやけにハイテンションで迎えてくれる。ところが働き始めるとどうも精神的におかしいとわかり、親切な亭主と親密な関係になってしまう。果たしてこの人たちは見た通りの人なのか、というミステリー。
どんでん返しが売りの小説と知っていたので、結末は途中で察しがついてしまった。
女優二人はがんばっているがどちらもあまり好みではなく、小説ももう読まなくていいや。

この後はベッドを作るが、ベッドパッドが厚くて実に気持ちよく、これはカタールより上。しかしなにしろ朝出発の便なので少しも眠くならない。

 
ギャレーにはおやつが並んでいるのでチョコレートがけのイチゴをもらって、映画をもう一本。

 La Cocina  「ラ・コシーナ 厨房」
こちらはメキシコ人監督の、NYのレストラン厨房を舞台にしたお話。
大型レストランのスタッフは移民だらけ、まるで戦場のような仕事場でどなりあったり、取っ組み合いのけんかをしたり。床は水浸しになるわ、注文は通らないわで、こんな店で食事はしたくないと思うばかり。
移民の苦悩を描きたかったのかもしれないが、喧嘩っ早い主人公には少しも共感できない。
それにしても映画の中で描かれる厨房、どうしていつもこんなに雑然として殺伐としているのだろう。実際の厨房もこんなということなのか。

後は本など読んでいるうちに到着2時間前、2回目の食事。

左は自分の選んだフリッタータだが、具沢山のこれがすごくおいしかった。
右の和食も良かったらしい。

ということでメキシコシティーまで12時間半の飛行は終了、リマ行きに乗り換え。

今度の機材はB737 Max8で、6時間の飛行だがフラットにはならない。

 食事はまたフリッタータかワッフルの二択なのでワッフル。でも甘いワッフル、あまり好きじゃない。


そして帰路、リマからメキシコシティは夜中の出発。

 
同じ機材で夜食はハムとチーズのホットサンド。パッションフルーツのチーズケーキがとてもおいしかったが、夜中では少ししか食べられず。

乗り換えた東京行きも往路と同じ機材だが、今度は入り口から後ろの2列だけあるビジネスシートになった。

アメニティーは今度はボックス型になって、同じ内容にボールペンが加わった。

1回目の食事にまた和食を注文したが、配膳間際になって「すいません、手違いで和食がなくなってしまいました」と日本人CAさんが平謝り。楽しみにしていたので「ええ~?」と不機嫌な声を出してしまったが

前菜のサーモンとチーズはおいしく、クリームを巻いたチキンも悪くないがもうお腹いっぱい。

 デザートはベリーだけいただいて、ベッドをセットすると自分としては珍しく5時間もぐっすり寝てしまった。

目が覚めた後はなぜかやけにお腹が空いて

 ギャレーからこんなにもらってきてしまった。行く度に少しづつ並んでいるものが違って、こまめに補充しているらしいのに感心。

暇なのでまた映画を物色。前からちょっと気になっていたこちら。

 Dead of Winter

主役のエマ・トンプソンが好きなので選んでみたが、今回はミネソタのど田舎に住む寡婦の役。人里から遠く離れた湖に行くと、偶然から誘拐された娘を発見してしまい、彼女を助けようと一人で奮闘することになる。
ロケはミネソタではなくフィンランドで行ったそうだが、とにかくめちゃくちゃ寒そうで、その中でバックグラウンドの説明もなくただのおばさんがやけに有能。誘拐の動機は非現実的だし、少ない登場人物は次々に殺される。
エマ・トンプソンは製作にも名を連ねているが、なぜ彼女がこんな映画を選んだのだろうと不思議に思うような一本だった。

長い飛行時間も終わりに近づいて、2回目の食事は「必ず和食を確保します」と約束してもらったこちら。

 ひじきの煮物や海苔までついて、まるで温泉旅館の朝食みたい。鮭の焼き具合もばっちり。
「日本食がおいしいですね」とCAさんに言うと、「アエロメヒコは今、機内食に力を入れているんです」とのこと。サービスも良かった。

南米路線は競争がないので、欧米泉に比べるとオプションがなくて高い。
しかし今回はビジネスクラスにして本当に良かった。
メキシコに行くなら次回もアエロメヒコを選ぶだろう。


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26年春の台湾 12 桃園から帰国

4月16日

早朝、ご飯を調達に外へ。

昨日は気がつかなかったが、ホテルのすぐ脇には古い日本家屋を何軒か残した公園があった。

カフェになっている家もあり、営業時間に来てみればよかった。

朝食は今日も飯糰。

 
若いお姉さんが握ってくれる飯糰は半熟卵入りが売りのようだが、お味は双連のお母さんの方がおいしかったかも。

9時にはチェックアウトして駅前から空港行きのバスに乗る。
桃園とは言え空港までは45分と結構遠い。

復路の飛行機はジェットスター。実はスターラックスで往復した方が安かったのだが、LCCが安いと思い込んでこちらを買ってしまい、気がついた時にはあとの祭り。LCCはキャンペーンの時ではないと座席予約やら預け荷物などの課金で結局FSCと大差なくなってしまう。どうもLCCの使い方が下手で相性が悪い。

出発時間のきっかり3時間前にチェックインが始まり、さほど時間もかからなかったのでお昼を食べようとプライオリティパスが使えるラウンジへ。

すると入場には列ができていて、入ってからもあまり広くないラウンジ内は超満員。
最近はどこのラウンジも利用者が増えて混んでいる。
なんとかテーブルを確保して、メニューにある牛肉麺を注文。 
でも残念ながらこれ、塩辛くてあまりおいしくない。街中で何か調達して来ればよかった。

 乗り込むジェットスターはちょっと遅れて到着、出発も30分ほど遅くなった。
お客さんは日本人が多くて、CAさんの対応も日本っぽい。そう言えばジェットスター・ジャパンって今は日本の航空会社なのね。

モニターはないし座席も狭いけれど、3時間の飛行時間なら問題なし。

今回もお持ち帰りはあちらこちらで買い集めたパイナップルケーキ。

 
最近はパイナップルに他の果物を加えたものが増えて、今回もイチジクとかレモン入りがおいしくて気に入る。
しかし一番おいしかったのは淡水のお茶屋さんでいただいたもの。


久しぶりに成田の第3ターミナルから帰宅した。


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26年春の台湾 11 さらに大渓老街

4月15日 続き

大渓木博を見たら川沿いの道を戻って中正公園へ。 
昔は神社があったらしい緑の濃い公園だが、不穏な注意看板も。

この公園から階段を降りると、大渓川にかかる大渓橋がある。

歩行者専用の橋の入り口と欄干は老街のファサードを模した造り。

橋の中央まで行って引き返したが、あの階段を今度は上がらなければならないのかと思ったらエレベーターがあって助かった。

上がった先には華やかなお宮がいくつかあって

その先が和平老街と呼ばれる一番の観光通り。

こちらはお店が並んでいるので平日とは言えさすがに観光客の姿が見える。

頭上のファサードが凝った装飾で楽しい。

この老街の名物は豆干という豆腐を乾燥させて水分を絞った食べ物。これが好物なのでお昼はこれを食べようと決めていた。

店頭で煮た豆干を売っている店があったので、鍋の中を覗き込んで食べたいものを指さし、切ってもらって店先のテーブルで食べる。

 選んだのは3つだが、切ってもらったら結構な量。上に香菜を乗せ、辛いソースが脇に添えてある。湯葉を巻いたような物や豆腐を圧縮したようなもの、ふにゅふにゅした食感のものもあっておいしいが、これでおなか一杯になってしまった。

ここと、もう一軒別の店でも買い物をしてお持ち帰り。すべて豆腐でできているが本当にいろいろな種類があり、日持ちもするのでお土産にぴったり。

さらに歩いて行くと氷菓室の色褪せた看板があって、もう汗だくだったのでここでクールダウンしようと飛び込む。

これも大好きな八宝氷120元(600円)を頼むと、出てきた丼があまりに大きいので思わず笑ってしまった。小豆や緑豆などてんこ盛りで、しかし一番おいしかったのが自家製というパイナップルソース。激渋の店だけれど、ここに入ってよかった。

これで大渓観光は終了、バスで桃園に戻ったらあらためてホテルにチェックイン。

 
191 Hotelは銀行の建物の上にあって、入り口が脇に回った通用口のような所にある。看板が安っぽくていささか怪しいが

 
エレベーターの扉が開いてびっくり、キティちゃんだらけでファンシー!
部屋に入っても鏡がキティちゃんだし

 
バスルームまでピンクでメルヘン。
ここ、本当はラブホだったのだろうか。

 しかし窓からの眺めもいいし、安いのに設備が整っていていいホテルだった。

この後は出るのが億劫になってしまって、夕食はまたフルーツディナーになった。


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26年春の台湾 10 桃園から大渓老街

4月15日

本日の朝食はこれも台湾に来たらマストの飯糰。
 
駅前で見つけた飯糰屋さんはメニュー豊富。紫米に煮卵も入れてもらえて大満足。お母さんが黙々と握っていたが、隣の息子はほぼ立っているだけ(笑)。

チェックアウトしたら台北駅から台鉄で桃園まで35分。
桃園の空港は数えきれないほど使っているが、台鉄桃園に降り立ったのは初めて。

駅前は大工事中、出た所にはデパートが2軒もあるが、駅前には物乞いの老人が何人もいて、ちょっとうらぶれた雰囲気なのに驚いた。

駅から徒歩5分ほどのホテルに荷物を預けたら、すぐに駅の反対側へ。

こちら側には東南アジア各国の食堂が並んでいて、周辺にも出稼ぎらしき人たちの姿が。働き手の確保、日本は台湾にも後れを取りつつあるのでは、と心配になる。

こちら側に来たのはバスターミナルから大渓行きのバスに乗るため。 
大渓行きは15分から長くても30分の間隔で出ているので時間を気にする必要はない。

 大渓バスターミナルまでは45分。

バスを降りて、さてどちらへ行ったものかと見ると新南老街の看板があった。

その先に並ぶのは日本統治時代、1910年代に建てられた街並みでファサードがきれいに保存されている。
こちらには飲食店や土産物屋はないのでほとんど人の姿はなく静か。  

おかげでどこも絵になる街並みを撮り放題で楽しい。

 新南老街を突き抜けて大渓川の近くに来ると小さな祠があって、ここから川沿いを戻ると日本統治時代の建造物が並んでいる。

まずは1923年に大渓公会堂として建てられた建物。

現在は総統蒋公記念堂となっているが、中では台湾漆器を展示中。
他の部屋もギャラリーになっていて

  

テラスからは大渓川を見下ろすことができる。今日は天気がいまいちなのが残念。

次に現れるのは1935年に造られた武徳殿。台湾中に残されている警察官の武道場だ。

 

その先の大きな建物は1937年に建てられた日本家屋4棟をつなげた大渓歴史館。

ここでも木工芸が多く紹介されていて、この一連の施設は市立の大渓木芸生態博物館なのだそうだ。

この奥にあるコンクリート造りの家は戦後に建てられたもの。

こちらの昔の生活の再現もかわいい。


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26年春の台湾 9 淡海LRTで淡水

4月14日

台北の朝は鹹豆漿でしょう、とホテルから10分ほど歩いて「豆漿大王」という店へ。

こちら、日本語のメニューもあるせいか、店内で食べているのはほぼすべて日本人。

 
こちらの鹹豆漿はいささか薄くて豆腐らしさがなくいまいち、と思っていたらお食事中の飼い猫ににらまれた。

食後は久しぶりに双連の朝市を覗いてみた。
随分昔、初めて来た時には面白いと思ったが、台中の復興市場の後ではこんなものだったかという感じ。

それでも巨大な冬瓜を切り売りしていたり

 
豊富な果物が目に付いて、本日の戦利品は土マンゴー、3つで35元(約175円)。土マンゴーは他のマンゴーより早く出て、小さいけれど味が濃くて好き。ただし一つはアヒルの卵ほどの大きさ、種も大きいので食べる所は多くない。

行動開始して、まずは地下鉄の淡水線で紅樹林という駅へ。

ここで乗り換えて淡海LRTに乗り換える。このLRT、2018年から営業が始まり、今は淡水碼頭までつながったので乗ってみようと思ったのだ。

ホームに上がって早く乗れとせかされた車体は爽やかな水色。

 
平日の昼間でもそれなりに乗客がいる。

走り出して意外だったのは車窓の風景。

進行方向右手、山側は緑が多くて家もさほど見えないが、左手の海側には高層マンションがずっと立ち並んで海はほぼ見えない。左右の景色が違い過ぎる。

各駅の看板にはかわいい女の子の絵が付いていて、ホームにも駅ごとに様々なキャラクターのオブジェがある。

 
これ、ジミー・リャオという絵本作家のキャラクターだそうで、四国のやなせたろうのような感じだろうか。

線路はずっと高架を走っていたが、淡水行政中心の駅を過ぎると道路に降り、

出発から25分で終点の淡水碼頭駅に到着。

駅から案内に従って歩いて行くと海側には対岸に渡る大きな橋が見え

 
ずっと歩いて桟橋を行くと、ここにもジミー・リャオのキャラクターがいた。

ヨットハーバーをまたぐ情人橋を渡ると

  

その先にはレストランや売店の入る施設があったが、この辺りは夕陽の名所とされているからだろう、ほとんど人もいなくて閑散としている。

ここからはバスに乗って淡水の中心地へ。
暑いので図書館で写真集など見ながらしばらく涼ませていただく。

 
こちらのトイレの表示、日本より進んでいるかも。


上階からの景色も良くて、最近すっかり旅先で図書館に行くのが癖になった。

次にやって来たのは「一番茶桟」という中国茶のお店。
ここはネットで見つけてやって来たが、若いご夫婦が予約制でやっている小さな茶館。

   

いかにも今風にキャラクターで説明されたお茶から一つ選ぶと、ご主人が日本語で解説しながら中国茶を淹れてくれる。

 今回は貴妃茶というのをいただいたがしっかりした風味で、自家製というお菓子もとてもおいしく、パイナップルケーキは買って帰った。

1時間もお茶を楽しんだら土産物屋の並ぶ淡水老街で大好きな鉄蛋など買って

 

淡水河沿いを歩いて淡水駅へ。
20年ぶりぐらいに淡水に来てみたが、ここはあまり変わっていないよう。

ホテルに戻って一休みしたら夕食、マップで羊鍋を見つけたので行ってみたが、改装中なのかお休み。今回の旅はなぜかこんなのが多い。
気を取り直して駅近くの一人鍋屋さんへ。

ファーストフードっぽい店だが具沢山のトマト鍋は199元。店のお兄さんが親切で悪くなかった。


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26年春の台湾 8 霧峰林家

4月13日

台中の朝も4日目、今日は線路沿いに少し歩いて有名なおこわの店にやって来た。

 
8時にやって来ると幸いにして空いている。メニューにある85元のセットをお願いすると、肉そぼろの乗ったおこわに煮卵と貢丸というつみれ、茶わんにはかつおだしのスープがそそがれて、これがどれもおいしい。台中の朝食の中でここが一番気に入った。

ホテルに戻ったらチェックアウトをして荷物を預け、すぐ目の前のバス停から霧峰と言う所へ行く。
小一時間で霧峰の市街に入り、農協らしき建物の前で下車。

  

少し道を戻ると中国風の門が見えて、入り口を入るとなんと「本日休館」の文字が。わざわざここまで来たのに!とがっかりするが、周りを見回すと隣の建物には入って行く人たちがいる。ここは「頤圃」と言って目指していた建物ではなかったとわかり、ほっと一安心。

気を取り直して道の先へ進み、受付で250元を支払い、お向かいへ入場。
目指していたのはこちらの霧峰林家。18世紀に福建省から移住してきて台湾五大家族と呼ばれる大富豪となった林家の邸宅だ。

こちら、入場は30分毎と決められているのでガイド付きかと思ったが、見学者は少なく、自由見学になっていたのは中国語のわからない身にはありがたい。

宮保第と呼ばれる家屋部分は門と中庭が交互に現れて四方に建物が続く造り。

    

細部のいかにも中国らしい細工が凝っていて、細かく見れば見るほど楽しい。

一番奥の中庭の右手にはちょっとした喫茶室があって、わかりにくいがここに入るとさらに奥へ行ける通路がある。
進むと舞台に上がる階段が見えて

  


表に回るとこれが大花庁と呼ばれる観劇と接待のための空間。

舞台の天井には牡丹が彫刻され、屋根の上にも精巧な人形が乗っている。

観劇席も豪華で、ここで要人たちとどんな話がされたやら。

 
最後にあった小さな台所スペースは使用人のためのものだろうか、ここもかわいらしくて大満足。

こちらの邸宅、元々は遥かに多くの建物が立ち並んでいたそうだが、1999年の大地震でほとんど崩壊してしまい、今公開されている建物は林家末裔が自力で修復したものなのだそうだ。

この建物についてはまったく知らなかったのだが、着いた晩だったか、ホテルのTVにNHKが映り、まったく偶然にも「世界ふれあい街歩き」の台中編でこちらが紹介されていたのだ。ここを発見できて本当にラッキー。

バスでホテルに戻ったら荷物をピックアップ、台中駅から新自強号で台北へ、1時間50分。

本日のお昼は台中駅で買った台鉄排骨弁当80元。この80元、10年前から変わらないが、日本円が弱くなったおかげで以前ほど安くは感じなくなってしまった。と言ってもたったの400円で大きなお肉がドンと乗っておいしいのだからありがたいが。

台北に着いたら地下鉄で双連へ。今回はこちらの新仕Hotelと言う所にしてみたのだが

 
ロビーにはコーヒーメーカーの隣に無料のスナック菓子がたくさん並んで太っ腹。

部屋も広くはないがかわいいバスタブまで付いてなかなかいい。

さて台北の午後、ゆっくりしようと最近はやっているらしいベトナム式ヘッドスパとやらに行ってみることにした。
Google Mapで見つけた近所の店に行ってみると怪しげなビルの中で予約がないと入れない感じ。そこでビルを出るとお向かいにもそれらしい店があるので飛び込んでみた。

お姉さんたちはベトナム人、なにやら奥の部屋に案内されて上半身は裸になり、写真のベッドに寝かされた。この奇妙な装置から肩にまでお湯が出てシャンプー、マッサージをしてくれるのだが、店の選択が良くなかったか、それほど気持ちいいとも感じず、素直に足裏マッサージに行けばよかった。

気を取り直して、大好きなデザート屋の双連円仔湯に行くとなんたること、本日定休日。せっかくこのために双連に宿を取ったのに。
しかしそこはお店だらけのエリア、またGoogle先生に相談して近くの別の店へ。

 

榕美樹館はまだ新しそうでおしゃれ。ピーナッツやタピオカの乗ったかき氷の下は豆花でボリューム満点。これで130元(約650円)なのだから台湾でデザートはやめられない。

これでおなか一杯になって、夜はフルーツの夕食になってしまった。


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26年春の台湾 7 高美湿原ツアー

4月12日 続き

台中国家歌劇院から始まったツアー、次の見学地は彩虹眷村。
駐車場からカラフルな通路を少し行くと、その先に一面子供が書いたような絵で覆われた家々が現れる。

ここは1960年代に作られた大陸からの軍人村だったが、取り壊しが決まった2008年頃からこの村の生き残りの90代のおじいさんが一人で絵を描き始め、それが有名になって今や物売りもいるし、公衆トイレもある観光地になった。
絵を描き始めたおじいさんは2年前に100歳で亡くなり、もう住む人はいないそうだが 
新たに絵を描く人や、歌など歌って盛り上げるマスクマンまでいるのだから大したものだ。

30分ほどの見学で移動すると、次は東海大学の構内に入って行く。
なぜ大学のキャンパスへ?と思っていると、印象的な姿の教会が現れた。

  
路思義教堂(Luce Chapel)と呼ばれるこの教会はルーブルのピラミッドで有名なI.M.ペイが1963年に建てたもの。

 
中に入ると大きな天井が実に印象的で素晴らしい。

時間があったのでキャンパスも少しだけ覗かせてもらうと

緑が多い中に中国っぽさを感じる低層の建物が並んでいる。
この大学は中国本土にあった13のキリスト教系大学が1955年に台湾に移って来て設立されたのだそうだ。

ここを出て30分ほど移動したらこのツアーの主目的、高美湿原に到着。

道沿いには軽食屋がいくつか並び、その一軒の駐車場で降りたら自由に見学。

 遠くには風力発電の風車が並び 

湿原には長い木道が伸びて、大勢の人がその先端を目指して歩いている。この日は日曜だったので特に人出が多かったのだろう。

木道の先からは下に降りられるので、自分も靴を脱いで降りてみた。ごく薄く水の張った砂地がひんやりと気持ちいい。

 
ここは「台湾のウユニ塩湖」などと呼ばれて最近人気だそうで、この日は幸い風もなく水面に影がよく映っているが、夕日は残念ながら雲の中に隠れてしまった。

 それでもここには日没後まで2時間も滞在、のんびりしたツアーだ。

湿原を暗くなってから出発し、市内に戻ったら逢甲夜市で降ろしてもらった。

ここは台中で一番大きな夜市、人出もすごい。
今夜の夕食はここで済まそうと屋台をいろいろ覗き

 
羊肉串にサツマイモの一口ドーナッツのようなもの

 
それに胡椒餅を焼くような窯で酸味のある青菜を入れたクレープのような生地を焼くものを食べてみたが、これは正直もう一つ。

他にも食べ物屋台はたくさんあるが、夜市はどうも落ち着かない。

 かなりの長さの夜市を一通り歩くと終点に名前の由来になっている大学の門があり、この先からバスに乗ったが、目当てのバスが来るまで30分、台中駅までは50分もかかって、逢甲夜市は遠かった。


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